A地点からB地点まで♪
2013-05-13


昨日は母の日、ということで、
母の忘れられない思い出話をいたします。

4年前のちょうど今頃。
午後の3時ごろだったでしょうか。

父から私の携帯電話に、今にも泣きそうな声で、
「おこちゃん、助けて…」と電話がかかってきました。

「どうしたの?」
「おばあちゃんがね、いなくなったの…。」 (本当に泣いていたかも)

放射線治療で一時帰宅していた父は、私たちに運転を禁じられていたにもかかわらず、母と一緒に車でスーパーに買い物に行っていました。
翌々日には、医大にまた戻らなければならないという時。
いったい何を買いたかったのやら。それを思うと今でも胸が痛くなります。

「わかった。今すぐそこに行くから、お父さんは動かないでね。」

みゃむと私は車で父のいるスーパーへと向かいました。
すると、駐車場に悲しげな顔をした父が立っていました。

事情を聞くと、父は認知症の母と一緒に買い物に来て、
母をスーパーの自動ドアの所に座らせていたらしいのですが、
レジからは見えたのに、レジを過ぎたら姿が見えなくなっていたとういうのです。
慌てた父は、スーパーの中を捜し、店員さんにも捜してもらい、
もしかしたら家に歩いて帰ったのかもしれないと思い、
車でゆっくり家までの道を走りながら、母の姿を捜したとのこと。(その距離約3km)
でも、家には誰もいなかったので、父はまたスーパーに戻って私に電話をしたのだそうです。
母がいなくなってから、すでに1時間が過ぎていました。

私はすぐに警察に電話しました。
すると、すぐにパトカーが来て、警官が7,8人であたりを捜索してくれました。
私も、商店街のお店に一軒一軒中に入って、母がいないか見て回りました。
途中の大きなお店では、店内放送で店員さんに捜してもらいました。
警察の方々は、本当によく捜してくれていました。
でも、母は見つかりませんでした。

父はおろおろしていました。
癌末期の父、なんで今になってこんなことに…。
私は父に「大丈夫だから、お母さんは大丈夫だから。」としか言えませんでした。
でももういなくなってから3時間。
このままだと、母はどこかの道路のすみっこにでもしゃがみこんで、
もしかしたら一晩寂しい思いをさせてしまうかもしれない…。
いてもたってもいられませんでした。

そして、5時間後。
私の携帯電話に知らない番号。出ると、さっき捜索してくれた盛岡東警察署ではなく、全く反対方向の盛岡西警察からの電話でした。

「お母さんをお預かりしています。」

助かった〜。
父を家に置き、私たちが西警察に迎えに行きました。

急いで西警察に向かい、中に入ると。

母:「やぁ。」
私:「あぁ〜お母さん!」
母:「今ね、お茶ご馳走になっていたの。美味しいお茶だよ、二人もご馳走になって。
お姉さん、この人たちにもお茶をいれてあげてちょうだい。」
婦警さん、笑顔でお茶を入れてくれました。

事情を聞くと、母は人混みに流されてスーパーを出て、
人混みに流されて4車線の道を渡り、
人混みに流されて、そこに来たバスに乗ったようです。
ところがそのバスは盛岡駅行きだったのでしょうね。
お金もない、言っていることも意味不明なおばあちゃんを、
バスの運転手さんはお金は要らないから、と言って、
盛岡駅のバスターミナルにおろしてくれたんだと思います。
ところが、
認知症の母はそれでも負けず、次に来たバスに乗り込んだのだと思います。
結局母は、滝沢村の巣子車庫という、行こうと思ってもなかなか行けない場所に辿りつき、無賃乗車の旅は終了。
バス会社の方が、名前も住所も分からないお年寄り、ということで、
わざわざ管轄の西警察署まで送ってくれたみたいです。


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��[父からの贈り物]

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